■猫と暮らす100のアイデア CAT network
■純血種猫に関する遺伝性疾患と遺伝子多様性について
(メインクーンの肥大型心筋症と股関節形成不全に関する議論を含む)
タフツ大学獣医学部(マサチューセッツ州)遺伝学臨床助教授 Jerold S. Bell
Maine Coon International」 第23号(3/2000)p.6-7より−翻訳:Hiroko


純血種猫の遺伝性疾患について、研究者やブリーダーや獣医師が意見を求められることが多い。
どう対処すべきかは、多くの要因に左右される。

すなわち、遺伝の仕方(優性か劣性かなど)、
*遺伝子型検査(患者およびキャリアの双方)や
*表現型検査(患者のみ)が可能かどうか、遺伝子欠陥がブリーディング・プール内において疫学的にみてどの程度蔓延しているか、ブリードの個体数がどのぐらいか(多様性)、などである。

適切な遺伝カウンセリングをおこなうことで、遺伝的健全性やブリードの質を損なわずに、遺伝性疾患をコントロールすることが可能である。


優性遺伝する疾患には、多発性嚢胞腎症(PKD: polycystic kidney disease)、初期型のアビシニアンPRA(early onset form of Abyssinian PRA)、スコティシュホールドの骨軟骨形成不全症(osteochondrodysplasia)、メインクーンの肥大型心筋症(HCM: hyperthrophic cardiomyopathy)、などが含まれる。

PKD、PRA、およびHCMについては、患者(臨床症状ありおよび無症状)を特定するには、表現型検査が必要である。
無症状の患者を診断できると、ブリーダーが繁殖に使う予定の猫をスクリーニングすることが可能になる。

初期型アビシニアンPRAと後期型アビシニアンPRA(late onset forms of Abyssinian RPA)は、症状は似ているが遺伝原因は全く異なるため、疾患をコントロールするためには、両者をはっきりと区別しなければならない。

スコティッシュホールドのブリーダーは、優性の折耳遺伝子がホモ接合した場合に骨軟骨形成不全症を引き起こすため、立耳の猫を繁殖に使わなければならない。

変動性表出(variable expressivity:症状が軽いものから重いものまで様々)や不完全浸透(incomplete penetrance:遺伝子欠陥を持っていても発病しない)が存在する場合は、遺伝性疾患のコントロールがさらに複雑になる。

優性遺伝疾患の場合、遺伝子欠陥をもつ猫を繁殖に使うと、さらに遺伝疾患をもつ猫を増やすことになるので、繁殖に使うことは避けるべきである。

遺伝子欠陥を持つ猫の代わりに、その猫の同胎、親、既に生まれた子の中から、検査で正常と判定された猫を繁殖に使えば、ブリーディング・プログラムを維持することが可能になる。


**常染色体の劣性遺伝には、蓄積症(storage disease)、後期型のアビシニアンPRA、ピルビン酸キナーゼ欠乏症(pyruvate kinase deficiency)などがある。

信頼できる遺伝子検査をおこなって、キャリアの猫と正常と診断された猫とを交配することで、次世代に疾患を持つ猫が生まれるのを防ぐことができる。

また、ブリーディング・プログラムの中では、キャリアの猫に代えて、正常と判定された(キャリアの)子でブリードとしての質の高い猫を繁殖に使っていくべきである。
キャリアの猫を繁殖に使えば、キャリアと正常な猫との交配で50%の遺伝子頻度でキャリアの猫が生まれることになり、これは自然界で遺伝子異常が起こる確率よりもはるかに高い。

遺伝子カウンセリングは、疾患をもつ猫が生まれるのを防ぐと同時に、遺伝子プールの中に遺伝子欠陥が生じる確率を減らす努力をおこなうよう薦める。

キャリアを特定する有効な遺伝子検査がない場合、繁殖用の猫がキャリアかどうかのリスクを判断するには、その猫の血縁にどのぐらい疾患を持つ/キャリアの猫がいるかを知る必要がある。

ブリードごとまたは制度的な(キャリアや正常者の)登録システムを設け、ぺディグリーの分析をおこなえば、ブリーダーが自分の繁殖用の猫がキャリアであるリスクがどのぐらいかを判断することが可能になる。
遺伝子頻度やキャリア個体の頻度を推定するためには、遺伝子検査や繁殖個体群のぺディグリー分析が必要である。

遺伝子頻度の推定にハーディ・ワインバーグ公式を使うのは適切ではない。
その理由は、純血種の場合ランダムに交配がおこなわれるのでなく、ブリーダーの選択で交配がおこなわれるためである。
このことは、遺伝子スクリーニング・プログラムで、ハーディ・ワインバーグ比率にあてはまらない結果が出ていることからも明らかである。

ブリーダーは、自分の繁殖する猫が、世代を経るごとにキャリアのリスクが減少するよう努力するべきである。
ブリードの質は高いがキャリアのリスクが高い猫を、質が高くリスクの低い猫と交配することで、生まれてくる子猫がキャリアであるリスクを当該ブリードのリスク平均よりも低くすることができる。
またキャリア・リスクの高い親猫に代えて、上記の交配から生まれたキャリア・リスクが低い子の中から質の高い猫を選んで繁殖に使うべきである。

このような垂直の代替方式を使うことで、ブリーダーが自らのブリーディング・プログラムを継続し、かつ遺伝子欠陥の確率を減らすことが可能になる。


ポリジーンの遺伝疾患には、股関節形成不全(HD: hipdysplasia)、遺伝性の心臓疾患である動脈管開存症(patent ductus arteriosus)などがあげられる。

繁殖用の猫が遺伝疾患のもととなる遺伝子をどの程度持っているかを推定するには、その猫の同胎、およびその猫の親の同胎について表現型の検査をしなければならない。
ポリジーンの疾患を判断するには、このような横のぺディグリー分析が、縦のぺディグリー分析と同じぐらい重要である。

正常な同胎を持つ正常な猫を繁殖に使うのが一番である。
また、生まれた子孫をモニターして、その猫が疾患を持つ子孫を出さないかどうかを確認する必要がある。

ポリジーンの遺伝疾患は、「域値(臨界値)特性」を持つと考えるべきである。
つまり、疾患が発現するためには、いくつかの遺伝子が特定の域値を超えて存在する必要がある。

ここで仮に、股関節形成不全が発生するには5つの遺伝子が必要であると仮定する。
両親からこれらの遺伝子を受継いでいてもその数が4つ以下ならば、その猫は正常な股関節を持って生まれる。
もし両親の表現型は双方とも正常であるのに、異常のある子猫が生まれたならば、両親共に欠陥のある遺伝子を(域値以下ではあるがいくつか)抱えていることになる。

遺伝の仕方が不明である遺伝疾患も、ポリジーンの疾患と同様の方法で疾患をコントロールすることができる。
つまり、正常な同胎を持つ正常な猫を繁殖に使うことが薦められる。

もし遺伝性疾患がごくまれであり血統間の広がりも少なければ、そのブリードの遺伝子プールに遺伝子欠陥が広がるのを避けるよう、厳しく交配をコントロールするべきである。

しかし、遺伝性疾患がすでに広まっており、そのブリードの遺伝子プールが狭い場合は、遺伝子欠陥を持つ猫をすべて繁殖から除外してしまうと、ブリードの将来に重大な結果をもたらす可能性がある。
この場合、遺伝子のボトルネック、遺伝子の多様性の喪失、遺伝的浮動といった危険性を考慮に入れる必要がある。

種雄の過度の使用(人気雄猫シンドローム)は、チャンピオンであるためでも劣性遺伝子を持たないという理由でおこなわれるにしても、遺伝子の多様性を損なう恐れがある。
一頭の種雄の遺伝子ばかりが受継がれると(創始者効果)、その雄の持つ何らかの有害な劣性遺伝子が広く蔓延し、何世代も経た後に問題が表出する危険性がある。

ブリード全体の遺伝的健全性を保つために、どの程度の遺伝子多様性が必要かについては、多くの異論がある。


近親交配による機能低下(inbreeding depression)は、純粋に有害な劣性遺伝子があるどうかで決まると主張するものもあれば、ホモ結合が過剰になればそれだけで全般的に健康に負の効果をもたらすと主張するものもある。

いくつかのブリードでは、先祖の個体数が非常に限られており、全体的に見て、一胎に生まれる個体数の減少(胎児死亡)と生命力の低下が見られる。
このようなブリードでは、人口基盤を拡大するために、大々的なアウトブリードによる「サバイバル」プログラムが必要かもしれない。

その他のブリードでは、遺伝子多様性が少ないと考えられている場合でも、実際に染色体のミクロ付随体(microsatellite)やミニ付随体(minisatellite)の遺伝子分析をした結果、かなりの多様性が認められた。

継続的にアウトブリードを繰りかえせば、初期の段階では近親交配係数は低下するが、その結果としてそのブリードの持つユニークなラインや家系が失われることになる。

何世代もアウトブリードをすれば、いずれ個体間の遺伝子多様性は低下し、全く血統に繋がりのない交配をおこなうことは不可能になる。

ラインブリードでもアウトブリードでも、それ自体が遺伝子の喪失をもたらすわけではない。

例えば、A血統の猫2頭と、B血統の猫2頭がいたとしよう。
A血統(またはB血統)同士で交配をおこなっても、AB間で交配をおこなっても、それぞれの子猫のA血統(またはB血統)遺伝子頻度は同じである。

遺伝子頻度の変化は、選択つまり子孫を交配に使うかどうか、で決まってくる。
ブリードの多様性を保つ秘訣は、ブリーダーの多様性を増やすことにある。
つまり、それぞれのブリーダーが「理想の猫」について独自の意見を持ち、ブリードの多様性を保持するように繁殖する猫を選ぶことが、究極的にブリードの多様性に貢献することになる。
あるブリーダーが好みの血統をラインブリードし、他のブリーダーがアウトブリードすれば、ブリード全体の多様性は保たれる。
従って、ブリーダーはそれぞれの必要性に応じて、ラインブリードまたはアウトブリードを選択すればよい。
ただし、単に遺伝子の多様性を保つという目的のために、スタンダードからはずれた猫を繁殖に使うべきではない。

血統が重なっている猫でも、すぐれた資質をもっているならば、多様性を保ちつつブリードの質の向上に貢献することは可能である。


メインクーンに比較的良く見られる遺伝性の疾患は、拡大型心筋症と股関節形成不全の2つである。

拡大型心筋症(HCM)は、優性の常染色体によって引き起こされる心臓疾患である。
これまでの研究の結果、完全浸透(complete penetrance)で変動性表出(variable expressivity)であると考えられている。

完全浸透とは、この遺伝子欠陥を持つすべての個体が、何らかの症状をもっていることを意味する。
疾患を持つ猫はすべて、両親の少なくとも片方が疾患を持っており、その猫を繁殖した場合には、子の約半分がこの疾患を受継ぐ。
また、変動性表出(variable expressivity)であるため、疾患を持つすべての個体が、心雑音を持ったり心臓発作を起こすわけではない。

症状は、全く臨床的な兆候が見られない場合から、激しい症状まで様々である。
疾患をもつ個体は、すべてが病理学上なんらかの心筋症状を示し、ほとんどの個体が心臓エコー(心臓超音波)で診断できる心筋症の兆候を示す。

自分の猫がHCMであると診断されたブリーダーは、決して希望を失うべきではない。
HCMを持つ猫の血縁(親、兄弟姉妹、子供)であっても、その半分は遺伝学的に正常であり、これらの猫を繁殖に使ってもHCMを遺伝させる心配はない。
従って、繁殖に使う予定の猫がHCMと診断された場合は、その猫に代えて血縁は近いが正常であると診断された猫を使うことで、血統を維持することができる。


猫の股関節形成不全(HD)は、まだまだ不明な点が多い。
しかしながら、喜ばしいことに、優秀な研究者によって現在研究が進行中である。

HD疾患(不完全脱臼もしくは変形性関節症)をもつ大多数の猫が、痛みや不快感といった臨床症状を持たないことが明らかになっている。
猫の体のサイズや構造を考えれば、これは決して不思議なことではない。
実際、小動物はどの種でも(小型犬を含む、もっとも猫は犬に例えられるのを歓迎しないだろうが)、形成不全疾患を持つ個体すべてが痛みや不快感を持つ目安となる「体重/負荷」値を超えるものはほとんどない。
しかしながら、HDと診断されたメインクーンが全体の21%もしくはそれ以上(OFA法によるスクリーニング統計値)にのぼると考えられるため、HD疾患をもつ猫を繁殖する危険性は現実のものである。

HDに関連して中膝蓋脱臼(MPL: medial patella luxation)が多く見られるのは、不思議ではない。
MPL疾患をもつ猫は、HDを持っている確率が平均の3倍にものぼる。
この傾向は、同様の体構造をもつ動物にもいえることである。
その理由は、股関節不完全脱臼からくる苦痛を和らげるため、HDを持つ個体は大腿骨頭が股関節のソケットに入るように、後脚を広げ膝を外側に開いて立つからである。

普通ならば、膝腱、膝蓋、脛骨につながる後脚正面上部の筋肉は、脚を中心に引っぱられる。
脚を外側に開くと、筋肉は膝蓋を内側に引っ張ることになり、これがMPLの原因になるのである。
他のブリードや種族では、MPLが単独の遺伝疾患として見られる場合もある。
しかし、MLPがほとんどすべてHDと一緒におこっている場合は、HDに伴って二次的に発症したと考えるべきである。

メインクーンのHD疾患のコントロールは、その他のポリジーンの遺伝疾患と同様に、横のぺディグリー分析にもとづく選択交配が必要である。

同胎の兄弟のほとんどが正常で、かつ正常と診断された猫が、繁殖用の猫として最も適切である。
つまり、最適の選択交配をおこなうためには、ブリーダーはその猫の同胎にもHDの検査をおこなう必要がある。
当該の猫とその両親を検査(縦のぺディグリー分析)しただけでは、犬ではHDをコントロールすることはできなかったし、従って猫でもこれだけでは不十分であると考えられている。

ペンヒップ法(maximum distractibityで判断)かOFA法(解剖学とpassive laxityで判断)かというX線撮影方法の違いは、横のぺディグリー分析による選択交配をおこなうかどうかに比べれば、比較的小さな相違である。

HDの診断にどちらの方法をとるかは、かかりつけの獣医師がよいと判断した方法にまかせるべきであろう。
猫のHDには、まだまだこれから解明すべき疑問点が多い。

例えば、HDの臨床症状のある猫とない猫がいるのはなぜか、ペンヒップ法で検査した正常なメインクーンの股関節自由度(hip laxity)は何度から何度までか、過食はHDの発生もしくは発症に関連性があるのか、といった疑問である。

ブリーダーの中には、インブリーディング相関が高い猫のほうが、HDになりやすいのではないかという意見もある。
インブリーディング自体は、猫が受継ぐ遺伝子を変化させるわけではなく、ホモ結合を増加させるだけである。
ホモ結合により、劣性遺伝子が組み合わされば、遺伝形質が表出する。
そこで、HDの遺伝子をもつキャリアの猫同士をラインブリードしているブリーダーが、ラインブリードやインブリードを増やせば、HDが発現する確率が高くなる。
しかし、アウトブリードでも両親がHDの因子をもっていれば、同様にHD疾患をもつ子猫が生まれてくる。
HD因子が多い猫と少ない猫とをアウトブリードすれば、HDが表出する確立を低くできるが、それでも子孫にHD因子を伝えることには違いがない。
従って、HDをコントロールするためには、HD因子をもち次世代に因子を伝える猫を特定することが必要である。


健全なブリーディング・プログラムは、遺伝子欠陥キャリアを広めるようなものであってはならない。
質が高く、遺伝的に正常な猫を作り出すように努めなければならない。
ほとんどのブリードで、遺伝子欠陥を完全に排除することは不可能であろう。
そこで、ブリーダーは、理想的な気質と形態を備えたブリードのスタンダードに沿った猫を作り出すよう選択をおこなうと同時に、そのブリード特有の遺伝疾患を減らすよう選択交配をおこなうべきである。
より多くのブリーダーが遺伝子欠陥を減らす方向に繁殖するようになれば、ブリード全体の遺伝問題も減少する。


*表現型(phenotype):遺伝子(群)によって発現された形質の型。
*遺伝子型(genotype):対立遺伝子の組合せを示したもの。 一対の対立遺伝子間に優性(A)と劣性(a)がある場合、AAとAaでは、遺伝子型は異なるが、表現型は同じ(ともにAという形質)である。
**常染色体:染色体の中で、性染色体を除いたほかの染色体。


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